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金沢箔の技法
金箔に代表される金属箔は、古くから多くの美術工芸品の装飾に使われてきました。特に仏教やキリスト教といった宗教美術との結びつきも強く、神聖なるものを表現する色彩として広く金が用いられてきました。華やかなさと上品さを兼ね備えた金箔は、美術工芸品に欠かせない素材とされており、漆器や陶器、仏具や絵画、装飾和紙などの様々なジャンルで使われ、様々な技法も生み出されてきました。ここでは、そうした金箔の伝統の中で、代表的な技法についてご紹介をします。

截金(きりかね)

截金とは、金箔や銀箔・プラチナ箔を重ね合わせて厚みを持たせ、細かく切って貼り合わせて加飾する技法です。極細の直線や丸、三角などに切った箔を重ねて生み出される模様は、たいへんに美しく繊細です。かつては仏像や仏具を飾るために用いられてきましたが、いまでは工芸品や建築物の装飾にも使われています。截金の歴史は古く、日本には7世紀に伝わったとされています。法隆寺所蔵の玉虫厨子(たまむしのずし)には截金の技法が使われており、これが日本最古のものとされています。京都市から京の手しごと工芸品に認定されています。

京都迎賓館 藤の間 截金舞台扉「響流光韻」 江里佐代子作 (C)内閣府 CC表示4.0 国際

沈金

沈金とは金箔や金粉などを用いて漆器を装飾する技法です。漆を塗って乾かしたあと、表面に沈金鑿(のみ)で溝を掘り、そこに金を埋めて模様を描きます。中国発祥とされていますが、室町時代以降に日本に伝えられ独自の発展をしてきました。石川県の輪島市は沈金が盛んで、代表的な産地とされています。輪島塗では、下地に能登で産出される珪藻土を元にした「輪島地の粉」を混ぜ合わせており、これが堅牢且つ沈金に適した性質を持っています。また、金箔の独占的な産地である金沢市が近くにあることも、当地で沈金が盛んとなった背景の一つと言えます。

文箱に描かれた沈金の松葉 (C)Pqks758 CC 表示-継承 3.0

蒔絵

素地の表面に漆を塗り、硬化する前に金粉などを振りかけて絵を描く技法です。一般的な技法である「平蒔絵」のほか、研ぎだして柄を浮かび上がらせる「研出蒔絵」、漆を高く盛り上げて立体的に描く「高蒔絵」などの技法があり、これらを組み合わせて複雑で華やかな装飾を生み出すこともあります。金沢市では、三代前田利常公が京都より名人を招いて蒔絵を奨励したことからこの技術が発展し、いまも加賀蒔絵の伝統として受け継がれています。漆特有の深みのある艶と金粉の美しい輝きは美術工芸品の代表的な存在ともいえ、海外でも高く評価されています。

松田権六 蒔絵螺鈿有職文飾箱(1960年制作, 東京国立近代美術館工芸館蔵)(C)SLIMHANNYA CC表示-継承4.0国際

釉裏金彩・釉裏銀彩

釉裏金彩とは、釉薬の下に金箔などで装飾を施す技法です。金箔が保護されており、輝きがいつまでも色あせない特徴があります。大変な手間のかかる技法で、素焼きした胎土に金箔をあしらって焼き付け、そこに透明度の高い釉薬をかけて本焼きをします。全部で4~5回もの焼き入れが必要なうえ、金箔が変形・変色しないよう繊細な温度管理も求められます。重要無形文化財「釉裏金彩」保持者である石川県の吉田美統氏は、この技法の代表的な作家です。厚みの違う金箔の重なりが生む深みや、釉薬を透かして輝く独特の柔らかい金箔の色が多くのファンを魅了しています。

吉田美統 大皿 山吹文(C)箔一

金欄手(きんらんで)

色絵を描いた磁器に、さらに金箔や金粉などの装飾を施したものを金欄手といいます。赤絵(五彩)に金を加えた赤絵金欄手のほか、下地の色に応じて赤地金襴手・萌黄地金襴手・瑠璃地金襴手・黄地金襴手・白地金襴手などの種類があります。中国では宋の時代から作られており、明代に景徳鎮にてその絢爛な色彩が人気を呼んで大いに発展しました。日本では江戸時代ごろから創作が始まり、九谷焼のほか、京焼、伊万里焼などで金欄手の手法が用いられています。この技法の名は、金糸や糸切箔などで装飾した高級織物である「金欄」からつけられた日本特有の呼称です。

福田良則 コーヒーカップ&ソーサ― 赤絵山水(C)箔一

野毛、小石、砂子など

和紙を金銀箔で装飾する歴史は古く、奈良時代にはすでに装飾和紙が作られていたとされています。当時、貴族が和歌などをしたためる和紙に様々な趣向が凝らされるようになり、現存している作品の中には、現代の技術をしのぐものもあるといわれます。箔のあしらい方も大いに発展し、箔を細く切ってあしらう「野毛」、小さな正方形の「小石」、砂子筒と呼ばれるふるいで箔を小さく砕く「砂子」など、多彩な技法が生み出されていきました。これらはやがて、ふすまや屏風、扇子の装飾にも応用され、現代の工芸品づくりにおいても様々な形で受け継がれています。

金沢箔扇子 ちらし美 銀河(C)箔一

平押し

四角く切り揃えた箔を並べ、華麗な輝きを生み出す手法です。この平押しは素材と接着剤によって技法が根本から変わるため、それぞれ専門の職人が手掛けるのが通常です。伝統的な襖や屏風には膠(にかわ)接着がよく用いられます。膠は熱で溶ける性質がり、将来的な修復に対応できることも特徴です。また仏像や工芸品などには漆接着が好まれています。漆はいったん固まると長い期間安定的に強い接着力を持ちます。さらに、独特の艶のある光沢をもつことから、より金箔の輝きを際立たせます。現代では、日用品や建築内装等にも金箔を使うため、技術革新が進んでいます。

二曲一双屏風 風神雷神 拡大(C)箔一

テンペラ

テンペラ画は、卵黄などの乳化作用のある素材に顔料を混ぜて描く技法です。ルネッサンス期の数々の名画に用いられたことでも知られています。この時代には、宗教画が好んで描かれたこともあり、聖性を表現する色彩として金箔がよく用いられていました。こうしたものを特別に「黄金テンペラ」などと呼ぶこともあります。古典的な箔貼りの手法では、石膏の下地に赤土の顔料を厚く塗り、ウサギの膠などで金箔を接着していきます。最後にメノウを丸く加工した道具で丹念に磨くことで、まるで鏡のようなムラのない輝きに仕上げていくことが特徴です。

『キリスト磔刑』 ストラスブール・ボザール美術館(1320年-1325年頃)(C)Rama 表示-継承2.0フランス

金糸

伝統的な金糸は、和紙に漆を塗って金箔を貼り、これを細く切ってらせん状に寄り合わせることで作ります。素材は極細の和紙ですが、漆によって補強されるため強度があり、織物の糸として使えます。これらは特別に高級な素材として使われてきました。金糸を用いた織物を「金欄」と呼び、京都の西陣では「西陣金欄」として最高級の織物と位置付けられます。高位僧の法衣や袈裟などに用いられてきたほか、雛人形の衣装や掛け軸の表装具などにも使われています。本金箔を用いた金糸は大変に美しく、刺繡用の高級糸としてワンポイントで用いられることもあります。

掛軸用の表装金襴裂地(C)PIXTA